日々を織る|繋がるために Vol.4

Person1 坪井絵理子さん

ⅰ 一人の人と長く密に関わっていく
ⅱ 自分の常識は、自分の思い込み
ⅲ 辞めたいと思った時が、ほんとうのスタートラインだった
ⅳ 名前を覚えてもらうことから始めたリレーションシップ
ⅴ 心が満たされる瞬間
ⅵ 自立のための支援
ⅶ 自立の痛み
ⅷ 外海に出る経験 2/2
ⅸ 地域と繋げる

一人の人と長く密に接する仕事がしたい。それは即ち、一人の人と人間関係を築いていくということだ。お互いのことを少しずつ知り合い、信頼し、受け容れる。暮らしを支援するということは、相手の人生に大きく関わっていくことだ。
信頼し、心の通う相手と日々を重ねられるかどうかで、施設で暮らす人たちの人生の質は自ずと異なってくる。それは誰にとってもそうであるように。

「まず、名前を覚えてもらうことから始めました」。
坪井さんがいくら利用者の名前を覚えて呼びかけても、相手が坪井さんのことを認識していなければコミュニケーションは一方通行だ。眼鏡店での接客と同じ一過性の出来事が、昨日、今日、明日と繰り返されていくに過ぎない。

「どうしたらいいかなあと考えて、名札をつけました。“つぼいえりこ”って大きな字で書いて、よく見えるように胸につけたんです。そしたらこっちから何も言わなくても利用者さんの方から、『“つぼいさん”って言うの?』『“つぼいさん”って書いてある』って声に出して読んでくれて、自然に覚えてもらえました」
廊下を歩く彼女の姿を見つけると、坪井さんの名を呼び笑顔を向けた人たちの姿が重なって浮かんできた。

施設の利用者の各個室の入り口には、部屋の住人や好みや個性に合わせて職員が手作りした名札が掛けてあるその人の好きな色を使っていたり、花が好きな人なら花のイラストをあしらっていたり、編み物が好きな人であれば毛糸を用いていたり。色も形も様々な名札には、名前と一緒に利用者さんの人となりを表す工夫があって、施設に漂う空気にあたたかさを滲ませている。

「なかには私の名札を見つけると、『自分のはこんなんや…』と見せてくれた人もいて、名前を覚えてもらうだけでなく、コミュニケーションのきっかけにもなりました」。
そのうち覚えてもらえたらいいな…という流れにまかせた気楽なやり方で、気づけばいつの間にか、後ろ姿に「つぼいさん」と呼びかけられるほど皆から名前を覚えてもらっていた。

一緒に過ごす中で、お互いのことを少しずつ知り合い、時に冗談や軽口を言い、時に遠慮のない正直な要望を伝え、時に甘えをしりぞけ毅然と注意もし、互いへの信頼を育てていく。そういうコミュニケーションが、名前を覚え、相手を認識するということと一緒に始まった。