日々を織る|繋がるために Vol.7

Person1 坪井絵理子さん

ⅰ 一人の人と長く密に関わっていく
ⅱ 自分の常識は、自分の思い込み
ⅲ 辞めたいと思った時が、ほんとうのスタートラインだった
ⅳ 名前を覚えてもらうことから始めたリレーションシップ
ⅴ 心が満たされる時
ⅵ 自立のための支援
ⅶ自立の痛み
 ⅷ 外海に出る経験
 ⅸ 地域と繋げる

坪井さんの勤める施設に、見学や取材、会議への参加と何度か訪れた。その度に、廊下を歩いている私に利用者の皆さんが寄って来て声をかけてくれた。趣味の時間に覚えたダンスの発表会のことや、自由時間に熱中している手芸のこと、歯医者さんに歯磨きが上手と褒められたこと、とたいていは楽しかった話だ。

そんな中、一人、まだ二十代とおぼしき利用者が曇った顔で近づいて来た。
「もうすぐ、出ていくの、わたし。施設から出ても大丈夫って、先生が言った」
その曇った表情に、良かったね、という返事をしてもいいものか戸惑った。何か言いたげな彼女の方に耳を傾けるしかなかった。あちらの部屋、こちらの部屋から集まってくる人の賑わいに掻き消されていった彼女の声は、たしかにこう聞こえた。
「ここに、おられへん」

帰り支度をした背中越しに聞こえてくる笑い声に胸の奥があたたかくなって、そのあたたかさに浸っていてはいけないと自分に言い聞かせるという、坪井さんの言葉と対に思えた。この上なく安心して暮らせる場所は、いつか出ていくことでその本当の目的が果たされる場所。なんども切ない気もちになった。けど、そんな感傷は何の役にも立たない。

誰しもが、自分の世界を拾てようと思えば、道への恐れは克服しなければならない。利用者たちに世界の広がりの可能性を提供するという願いを、優しさを装う感傷に埋もれさせてはいけない。
坪井さんには、利用者たちと一緒に外の世界にでかけるためのクルーズ船がある。ワンツースリー楽団という音楽隊だ。音楽療法士を目指そうかと考えたこともある彼女は、楽団の指揮者を務めている。

「皆、ほんとうに楽しそうなんです」
楽団の話を、坪井さんは生き生きと話し始めた。あるチャリティコンサートで坪井さんと同席したことがある。私の席は彼女の後ろだった。アップテンポの曲になると坪井さんの体がスイングしはじめ、そして皆が手拍子を始めたころには、彼女は手だけでなく足でも軽くビートを刻んでいた。その後ろ姿を見ながら、坪井さんはほんとうに音楽が好きなんだなあと思ったのを覚えている。

「私たち、ハンドベルの演奏をするんですけど、皆の息が合わなければ曲にならないんです。だから自然と練習は厳しくなるんですけど、皆、やる気満々で楽しそうなんですよ」
真剣だからこその楽しさが皆を魅了しているのだろう。チャリティコンサートで音楽に自分を委ねスイングしていた坪井さんの姿に、心を開放し、表現する音楽の素晴らしさを分かち合う楽団の練習風景を想像する。