日々を織る|繋がるために Vol.8

Person1 坪井絵理子さん

ⅰ 一人の人と長く密に関わっていく
ⅱ 自分の常識は、自分の思い込み
ⅲ 辞めたいと思った時が、ほんとうのスタートラインだった
ⅳ 名前を覚えてもらうことから始めたリレーションシップ
ⅴ 心が満たされる時
ⅵ 自立のための支援
ⅶ自立の痛み
ⅷ 外海に出る経験
ⅸ 地域と繋げる

楽団の腕前がどれくらいなものかというと、熱心な練習の甲斐あって、地域で行われる式典での演奏を依頼されるほどだ。そしてとうとうその活動が、ホテルのディナーショーへの出演依頼までに発展した。いくつかの音楽団が集まるショーへの、ワンツースリー楽団という音楽家たちとしての出演だった。

「大阪の帝国ホテルのディナーショーだったんです。もう、嬉しくって。そんな、ホテルのディナーショーで演奏するなんて、一生に1度だってない人の方が多いでしょう」
晴れ舞台での皆の誇らしげな様子が目に浮かぶ。真剣に熱中して来たことが花開く経験は、挫けない力を育ててくれる。

その経験について、坪井さんはこう続けた。

「自分たちの演奏の出番以外は、宴会場のテーブルでディナーをいただいたんですけど。そっちでも皆、緊張しちゃって」
ナイフとフォークを持って固くなるジェスチャーを交える坪井さんの様子に、ちょっと戸惑いながらもその場を楽しんでいた皆の雰囲気が伝わってくる。
「いろんな人たちの中で、マナーを守って食事をするというのも、いい経験だったと思います」

障がい者だからという言い訳はなしで、一人の大人としてマナーを守って行動するという経験の貴重さを坪井さんは語る。
「地域の公のイベントとかにも、けっこう呼んでいただくんですが、私、お受けできるかぎりお受けするんです」
坪井さんは支援員として現場に立ち、職場のリーダーとして他のスタッフの面倒を見て、その上で、ワンツースリー楽団の指揮者を務めている。

「外の世界を体験する、またとないチャンスですから。」
介護は必要最小限にとどめて自立を促す。職員たちがそう心がけてはいても、やはり施設の中は基本的に、皆が利用者のことを第一にする環境だ。
「一演奏者として他の人たちの中に入れば、ほんとうに特別扱いをしてもらえませんから。自分たちの楽器は自分たちで積み降ろしして運ぶ。きちんと順番を待つ、じっと静かにしている。そういうことを他の人たちと同じようにする。地域で生活を始めたら、それって当たり前にしなければならないことなんですよね」

障がいのあるなしに特別な意味を持たせないフラットな環境で、自立して暮らしていく。
その現場研修のように、坪井さんはワンツースリー楽団のメンバーと一緒に、外の世界へと出ていくのだ。