日々を織る|繋がるために Vol.6

Person1 坪井絵理子さん

ⅰ 一人の人と長く密に関わっていく
ⅱ 自分の常識は、自分の思い込み
ⅲ 辞めたいと思った時が、ほんとうのスタートラインだった
ⅳ 名前を覚えてもらうことから始めたリレーションシップ
ⅴ 心が満たされる時
ⅵ 自立のための支援
ⅶ 自立の痛み
 ⅷ 外海に出る経験 2/2
 ⅸ 地域と繋げる

揺りかごから墓場まで、そして心と体、生活の背景。生きるということの全方位と繋がっている福祉の中で、坪井さんが従事しているのは、知的障がい、精神障がい、そして家庭内暴力などの家庭環境の不具合によって自立して暮らしていくことが難しい状況にある人たちの支援だ。だから、あくまでも施設は仮の住まいであって、最終的には皆一人ひとりが施設を出て、自分の暮らしの場に巣立っていくのが、まあ、理想だ。

けど、人というもの、困っているのを目の当たりにするとついつい手を出したくなる。たとえば、子どもがパジャマのボタンをかけようと目の前で奮闘していると、最初は微笑ましく見ているのだけど、ボタンの位置が上がっていくにつれて小さな手がうまく動かないのを見かねて手伝いたくなる。
夕餉の支度にかかる時間が昔よりずいぶん長くなったり、店屋のレジで財布を取り出し支払いするのに金額を聞き直したり、小銭を出すのに手間取るようになったりした母親に任せた用に、つい手出しをしたくなる。

ほんとうは、自分でできることは自分でしてもらうことが望ましいのを分かっているのに。時間がかかるからとか、見ていて危なっかしいからとか、出来上がりがいま一つうまくないからとか、よくよく考えれば、相手のことを思ってというよりも自分の気の満足のために、手助けの名を借りた手出しをしたくなる。

『必要最小限の介護で、自立を助ける。自分たちの仕事は介助ではなく、支援である』
これは、そんな風に目の前のことに気をとられて、自分たちのほんとうの仕事、もっと言えば使命を忘れないように彼女が自分を律する言葉だ。
「と言いながら、つい手伝いたくなるんですけど」と、坪井さんは自分を振り返る。

自分でできることは自分で。それは、自分の部屋は自分で片付け、掃除するという身の回りのことを入り口に、自分の意志を伝えるということへと進んでいく。

自分がどうして、どんな助けを必要としているのか。誰かが汲み取ってくれることを期待せず、自分に出来るかぎりの方法で意思を伝えることが、坪井さんの言う、自分でできることは自分で、の1つのゴールである。

「地域の中で自活するようになったらトラブルもあります」
人が集まって生活すれば、当然そうなるだろう。ゴミの出し方が悪い、力任せに布団を叩く音がうるさい。夜遅くに回す洗濯機の振動音が迷惑。はては物の言い方、挨拶の仕方がいけすかない…と、障がい者であろうがなかろうが、いろいろな人が集まって暮らす所にはトラブルがつきものと言ってもいいくらいだ。

「そうなった時に、自分の意思を伝えられないと困るんです。トラブルを解決することはできなくても、せめて、そういう状況になるまでに何があったか。自分が、なんでそういうことをしたのかを伝えられないと」

トラブルの原因、経緯が、相手の言い分だけで固まっていく。自分の身に置き替えて想像すれば、それはとても恐ろしい。たとえ自分に非があったとしても、その非についての自分なりの理由くらいは効いてもらいたい。
「だから、施設にいる間に、自分の意志を伝えることに慣れてもらわないといけないんです」