日々を織る|繋がるために Vol.2

person1 坪井絵理子さん

ⅰ 一人の人と長く密に関わっていく
ⅱ 自分の常識は、自分の思い込み
ⅲ 辞めたいと思った時が、ほんとうのスタートラインだった
ⅳ 名前を覚えてもらうことから始めたリレーションシップ
ⅴ 心が満たされる瞬間
ⅵ 自立のための支援
ⅶ 自立の痛み
ⅷ 外海に出る経験 2/2
ⅸ 地域と繋げる

「経験はもちろん、知識もゼロでのスタートでした。毎日毎日、えっ?ええっ!?っていう、驚きの連続で」
十代の頃にたった1日、数時間、お客さんとして過ごしたことがあるだけの福祉施設で、スタッフとして働き始めた頃を振り返って坪井さんは笑う。
「ほんとうに何でもない、ちょっとしたことが全部、自分の今までの常識っていうか、当たり前とは違っていました」

たとえば、ある日、こんなことがあった。坪井さんが玄関ホールで作業をしていた時、二人連れで歩いていた利用者が開いた自動ドアから出ていった。気の合う友だちとおしゃべりしながら、表の空気を吸いにちょっと庭に出る。坪井さんの目にはそれくらいの、日常生活の何でもない光景に映った。目の前で起こっていることをそう受けとめて自分の作業を続けていた。すると、
「止めて!ぼんやり見過ごして、ほおっておいたらあかんでしょ」
と、それに気づいた先輩が、出ていく2人を施設の中に誘導した。

「2人はね、目の前でドアが開いたから出て行ったんです」
別に庭に出たいとか、出ようとか思っていたわけではなく、ただ偶々、目の前でスーッとドアが開いたから出ていこうとしていたのだった。
「先輩からそう教えられて、ほんとにびっくりしました。目的があるとかじゃなく、ただドアが開いているからふわっと出ていくなんて、そんなこと思いもつかなくて」
坪井さんは、何の疑問も持たずに見過ごした。

その場にもしその先輩が居合わせなかったら、2人は偶々外に出て、そのまま偶然の出来事に誘われながら迷子になっていたかもしれない。偶々、目の前で開いた自動扉から2人の利用者が外へ出た。そのほんの些細な出来事は、どれだけの大事になっていたか分からない。

「多種多様な、いろんな人がいるんだって、実感しました。自分の常識というか、普通だと思うことがすべてじゃなくて、いろんな普通があるんだなあって。私には意外でも、その人にとってはそれが普通なんだって」
人それぞれ、という言葉の意味を身をもって知った。

目の前で起きることに対して、先入観を持たない。目の前にいる人に対して、その瞬間のライブの対応をする。一人の人と長く密に接したいと坪井さんが選んだ仕事は、人との関係を結び、築いていくということは、知識や経験を、けして「それが当たり前という思い込み」に変えることなく、やわらかに活かし続けていくということだった。

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